煙の出ないカマド作り(活動報告)
村の抱える課題
2015年3月の第一回パタンジェ村訪問において、村の診療所を訪ねた際に、ドクターやナースから「村で一番多い病気は目と喉の病気で、原因はカマドから出る煙と畑仕事の土埃が原因だ」という話を聞きました。
村の民家には煙突がついておらず、カマドの煙はすべて部屋の中に充満します。我々が訪問した際も、カマドを使っている部屋には煙が充満しており、5分と家の中にいることができませんでした。また、目や喉にも不調があり、何とかこの問題を解決する必要があると感じました。
全てのお家に煙の出ないカマドを
そこで、カマドの煙問題を解決する為に、「全てのお家に煙の出ないカマド」をスローガンに、村の家のあるカマドに煙突をつけることにしました。
パタンジェ村のカマドには、「1.食事を調理するために使う」「2.暖を取るために使う」という二つの用途が有り、単純に家の外に煙を出す仕組みを作るだけでは、家の外にカマドの熱が逃げてしまい、「2.暖を取るために使う」機能が十分発揮できなくなってしまします。
そこで、訪問の度に「熱が逃げず」「室内に煙の出ない」カマドの試作品を造り、研究を重ね、2017年3月の訪問の際にどちらの条件も満たす煙突付きのカマドが完成しました。
完成したカマドの特徴
完成したカマドの特徴は、煙突で煙を外に出すことで室内の環境が良くなる点と、カマドの中で熱が留まる仕組みを作ることで、無駄なく薪から出る熱を室内に使うことができる点です。この特徴により、以下の様な支援の効果が期待できると考えています。
- 熱効率が良く燃料の薪が少なくすみ森林資源の保全に繋がる
- 村人達の健康のためになる(眼や喉の病気が減る)
- 調理時間が短縮出来る
支援の必要な住宅に関する調査
村での調査の結果、空き屋やすでに煙突がついているお家を除いた104軒に煙突付きカマドが必要なことがわかり、2018年春から、子供や老人がいる家庭を優先しながら、煙突付きのかまど作りをスタートしました。
煙突の支援と工事
煙突付きのかまど作りをするにあたり、夢広の会では新しいカマドにつける煙突を支援することにしました。新しいカマドが必要な104軒の家に対して、必要な煙突の本数は321本となりました。(家1軒に対して2~4本の煙突が必要となりました。)
煙突はネパールの首都カトマンズで注文し、数回に分けて村まで運びました。
一番目の工事は朝7時頃に行われましたが、村人の関心が高く20人ほどの見物客が集まり、作業は1時間半ほどで完了しました。
煙突を配布した後は、カマドの作り方を覚えた村人が順次煙突を設置していき、2018年中に半数の52軒、2019年中に全数の104軒のお家に煙突付きのカマドを設置することができました。
煙突設置のための寄付金は「国際ソロプチミスト西宮」様からいただくことができました。
チャリティパーティー(活動紹介)
2018年1月20日(土)と21日(日)の二日間、ネパール地震の復興支援事業である「耐震住宅モデルハウス」建設にご協力頂きました、自然派コスメブランド「LUSH(ラッシュ)阪急西宮ガーデンズ店」と共同で゛チャリティパーティー”を開催しました。
チャリティパーティーでは、パタンジェ村出身の青年サンカル君と夢広の会のメンバーで、ネパール大地震復興支援を中心に「夢広の会」の活動を紹介し、「耐震住宅モデルハウス」に飾る手作りの壁飾りのモチーフ作りを、参加のお客様に作っていただきました。
また、ご家庭で眠っている絵本を回収させて頂き、ネパール語や英訳をつけて後日ネパールの子供達にプレゼントする活動もしました。
LUSHさんには夢広の会の活動を応援するチャリテイポット(ボディークリーム)を販売していただきました。チャリティパーティー期間中に販売するチャリティポットの売上げのうち、消費税を除く全額が会を通してパタンジェ村を支援する活動に充てられております。たくさんのご支援ありがとうございました。
ネパール文化を学ぶ会(活動紹介)
夢広の会では、より多くの人にネパール文化への興味を持ってもらうために、2018年から4回のネパール文化を学ぶ会を開催してきました。(2020年8月10日時点)
ネパール文化を学ぶ会・その1「ネパール料理体験会」
2018年2月18日、第一回のネパール文化を学ぶ会を開催しました。
インド・ネパール料理店”ナラヤニ”にて催され、パタンジェ村出身の青年サンカル君やお店のオーナー、アレ・ラン・バハドールさんの話を聞きながらおいしい料理を頂く会となりました。
ネパール文化を学ぶ会・その2「楽しいネパール語教室」
2018年5月27日、パタンジェ村出身の青年サンカル君を先生に、旅行中に使えそうな簡単な挨拶言葉や会話などを中心にネパール語を学ぶ教室を開催しました。サンカル君のおかげで、ネパールでの話などを交えながら楽しくネパール語を学ぶ教室を開催することができました。
ネパール文化を学ぶ会・その3「ネパール雑貨の手作り教室」
2018年8月8日、春にネパールを訪問した際に購入したパーツを使い、ピアスやネックレスを手作りする会を開催しました。
また、ネパール文化を学ぶ会・その2と同じく、パタンジェ村出身の青年サンカル君を先生に招き、旅行中に使えそうな簡単な挨拶言葉や会話などを中心に簡単なネパール語を学ぶイベントも同時に行いました。
ネパール雑貨でアクセサリー作り
2019年11月24日、前回2018年8月8日に行われた「ネパール文化を学ぶ会・その3」と同じく、ネパール訪問の際に現地で購入したアクセサリーパーツを使って、オリジナルアクセサリー作りを行いました。
前回同様、パタンジェ村出身の青年サンカル君を先生に招き、旅行中に使えそうな簡単な挨拶言葉や会話などを中心に簡単なネパール語を学ぶイベントも同時に行いました。
第二回パタンジェ村訪問(2015年9月)
2015年9月28日~10月9日、「夢広の会」のメンバーが震災後初めてパタンジェ村に行き、被害の状況や復興の様子を調査して来ました。国からの支援の手はいまだに届かず、全壊の家は手付かずの状態で、仮設での生活が続いていました。
また2015年春のサポート活動のその後も、確認してきました。
震災の被害状況
「夢広の会」を結成して1週間後、パタンジェ村への支援を本格的に開始しようとしていた2015年4月25日、ネパール大地震が発生しました。さらに5月12日にはM7.3の余震が起き、その震源地がパタンジェ村に近かったため、村に大きな被害が出ました。
村では多くの住宅に地震の被害が出ていました。全壊の家が11軒あり、村の7割の家で半壊や一部損壊の被害が出ていました。
地震から5か月近く経っていましたが、パタンジェ村は大きな町から遠く離れた山村のため、政府の支援が十分に届かず、多くの住宅では修繕も行われていない状態でした。
住宅を失った住民は、木造やブルーシートで作った仮設の小屋で生活する者もおり、雨風を何とかしのいで生活をしている状態でした。
会からの資金援助のもと、5月19日に緊急支援物資として贈られたブルーシートは仮設の家や家畜小屋として活用されていました。
耐震モデルハウス建設
住宅の修繕が進まない一番の理由は資金面の問題です。ネパール政府は「地震に強い住宅を建てなさい」とは言っていますが、金銭的、技術的支援が村まで届いていないのが現状です。村の大工たちは、地震に強い建物をどうすれば建てることができるかを知らないのです。
そこで、私達は村に「耐震住宅のモデルハウス」を建設して、建設の過程で村の大工さんたちに耐震技術を学んでもらおうと考えました。現地で調達できる木、石、竹、粘土などを使った耐震住宅建設の技術を村の大工さんに学んでもらうことで、村の自立した住宅再建をサポートすることが目的です。
煙の出ないカマド作り
第一回パタンジェ村訪問で知ることとなった新たな課題である「カマドの煙が住宅内に充満する問題」について、煙の問題を解決するために現地でカマドの試作を行いました。
農業支援のその後
シイタケの栽培
第一回パタンジェ村訪問において菌の植え付けがされたシイタケの原木は、村人によりしっかりと管理されていました。
日のあまり当たらない通路に本伏せして竹の屋根をしてありましたが、横からの風も防ぐために囲いをするようにお願いをしました。
サツマイモ作り
サツマイモの苗はうまく育っていませんでした。同じ苗で首都カトマンズでは育っていたので、気候の違いの影響が出たためと思われます。
ヤギの飼育
第一回パタンジェ村訪問において6匹の種ヤギをプレゼントしましたが、今回訪問すると子ヤギが1匹生まれていました。
ネパール大地震(2015年)
「夢広の会」を結成して1週間後、パタンジェ村への支援を本格的に開始しようとしていた2015年4月25日、ネパール大地震が発生しました。
さらに5月12日にはM7.3の余震が起き、その震源地がパタンジェ村に近かったため、村に大きな被害が出ました。
地震直後、村の半数以上の54世帯約250名の家族が野外での生活を強いられました。
支援活動
5月12日の余震でパタンジェ村でも大きな被害が発生したことを知り、村人に連絡を取りました。
雨風をしのぐこともできない人が大勢おり、急ぎブルーシートが欲しいとの要望を受け、会からの資金援助のもと、5月19日に緊急支援物資として、地震の被害が大きかったパタンジェ村の54世帯に対して各世帯当たり1枚のブルーシートを村に届けました。
直接日本から送ることは難しかったため、資金援助し、ネパールで購入したブルーシートを村に届けてもらいました。
また、のちの訪問(2015年9月の第二回パタンジェ村訪問)において、地震に強い建築物の建て方を知ってもらう必要があると感じ、「村の大工による耐震住宅の知識習得」と「耐震住宅のモデルハウス建設」を行うことになりました。
第一回パタンジェ村訪問 その2(2015年3月)
からの続きです。
パタンジェ村訪問
2015年3月9日から3月21日の日程でネパールを訪問、2015年3月12日から3月18日まで村に滞在し、支援活動を行いました。
ネパールの首都カトマンズから車で1日目、近隣の町オカルヅンガに行き一泊したのち、そこから車で約3時間、悪路を揺られてパタンジェ村に到着しました。
支援活動
村へ到着した翌日(3月13日)、村人への支援の説明を行うこととなりました。
村の広場に行くと、まず、村人による歓迎を受けました。
村への支援の考え方として、私たちはお金による支援は出来ないこと、私たちの知識と技術による支援を通して、村の皆さんのお役に立ちたいことをお伝えしました。
シイタケ・メロン・サツマイモの栽培の説明
村の気候を考慮し、栽培可能と思われる新たな作物として、シイタケ、サツマイモ、メロンの栽培方法について説明をしました。
種ヤギのプレゼント
ヤギの飼育は、現金収入の手段として村で一般的な方法です。その種ヤギとしてヤギをプレゼントすることにしました。ヤギに関しては、自立を促す目的があるため、ただプレゼントするのではなく増やして売った場合は、その金額の一定割合を会に返していくことを村人と話し合って決めました。
ジャム作りの実演
村でたくさん採れるリンゴが傷んでしまうということなので、保存方法としてジャム作りを実演しました。
シイタケの菌打ち作業
村で手に入るネパールハンノ木で、シイタケの栽培にチャレンジしました。約30本の原木に日本とネパールの菌を植え付ける作業を行いました。村人の関心が高く、多くの村人が見学に来ました。
収穫は2年後になる予定です。
新たな課題
村の診療所を訪ねた際に、ドクターやナースから色々話を聞くことができました。村で一番多い病気は目と喉の病気で、原因はカマドから出る煙と畑仕事の土埃だという話でした。
村の民家には煙突がついておらず、カマドの煙はすべて部屋の中に充満します。村人の健康面の問題として次回以降の課題となりました。
第一回パタンジェ村訪問 その1(2015年3月)
村の青年「ダムラジュ君」とのやりとり
前回記事「ネパール「パタンジェ村」支援のきっかけ」で登場する村の青年ダムラジュ君とメールでのやり取りをしていくうちに、村にはいくつかの課題があることが分かりました。
- 農業の知識が乏しい
- 現金収入を得る手段が少なく貧しい
- 村の教育レベルが低い
一番い大きい問題は現金収入を得る手段が少ないことです。村では多くの村人が農業に従事していますが、自給自足のための農業であり、「高く売れる農作物」や「農作物を加工したもの」は作っていません。
そこで、第一回パタンジェ村訪問では、農業支援を中心に村の生活をサポートしていくことにしました。
村にいろいろもんだいがあります。いい学校もないし、びょういんもないし, こまったことがあります。村の人はみんな のうぎょうをします。
でも、むかしからおなじたねと、おなじ system で、なかなかせいかつしにくいです。リンゴ・じゃがいも・とうもろこし・むぎはいっぱいできても、どうやってながもちできるか、そんなことはぜんぜんしらないです。ほとんど1けんのうちの1人は、でかせぎにいろいろな国にいきます。かくいえのしゅふとずっと村にいる人は、みんなのうぎょうをしています。とうもろこし、むぎ、じゃがいもとまめができます。たくさんりんごできていますがどうやってながくまでこわさないようにほぞんするかわからないですから、うれないりんごはみんなくさってだめになります。
どうやってながもちできるかぜんぜんしらないです。なかなかせいかつしにくいです。
ダムラジュ君からのメール一部抜粋
支援内容
ダムラジュ君とやり取りをする中で、農業支援に関する内容をこちらからいくつか提案をし、村からの要望が強かった5つの支援を行うことにしました。
- シイタケ栽培の方法を指導
- サツマイモの栽培方法を指導
- メロンの栽培方法を指導
- りんごジャムの作り方を実演指導
- ヤギの飼育のため、種ヤギをプレゼント